戦場のメリークリスマスは気持ち悪い、グロいと感じる人もいました。
その理由の一つと言える『生き埋め』はなぜ起きたのか?
あらすじや考察も加えて解説します!
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戦場のメリークリスマスが気持ち悪いと言われてしまったシーン
戦場のメリークリスマスを見た人は「気持ち悪い」と思った人と「深い!」と感じた人とに分かれています。
戦場のメリークリスマスは大島渚監督により映画化され、『戦メリ』と略されながら多くの人に知られた映画です。
— 『戦場のメリークリスマス 4K修復版』 (@oshima2021) April 2, 2023
俳優としても参加されている、坂本龍一さんが作曲した、美しい主題歌の調べは一度は耳にしたことがあるはず。
けれど、実際の映画の方となると、意外にも不評な意見がチラホラあるのです。
年齢層が関係してくる部分もあるかもしれませんが…
大きな理由は戦争映画の描写などのリアルなグロさ
にあると感じました。
どんなリアルさかというと大きく3つ。
①生き埋めのシーンや戦争の悲惨さを想像するシーンが多い。
②原作が実話に基づいているためリアル。
③キスシーンの意味が分からない、理解できない。
その時代に生きていなかったとしても、振動として伝わってくるようになリアルさを感じるのです。
細かなシーンの一つ一つが胸に迫ってくるようです。
では、それぞれどんな部分に気持ち悪さやグロさを感じたのか、1つずつ解説していきます。
戦場のメリークリスマスは気持ち悪い?生き埋めはなぜ起きた?
デヴィッド・ボウイ演じる「セリアズ」の生き埋めになるシーン。
戦メリで目をそむけたくなるシーンのひとつです。
生き埋めがなぜ起きたのかというと、簡単にいけばセリアズが坂本龍一さん演じる「ヨノイ大尉」にキスをしたことが無礼とみなされてのことです。
捕虜でありながら、日本軍の要求に応じようとしない捕虜のリーダーでもあるヒックスリー。
苛立ちを隠せないヨノイ大尉は病気の捕虜も含めて全員集めるように命じます。
その際、重症を患っていた捕虜が1人倒れて死んでしまいます。
それでも、日本軍への情報提供を拒み続けるヒックスリーをヨノイ大尉は刀で斬ろうとします。
その時、セリアズが歩み寄り、ヨノイ大尉を抱擁し頬にキスをします。
ヨノイ大尉はキスされたことに驚いて失神してしまいます。
病気の捕虜まで並ばせたりさせるのはジュネーブ条約違反。
結果、ヨノイ大尉は更迭。
新しい大尉はセリアズを生き埋めの刑にします。
首から下を地中に埋められたセリアズは弟のことを思い出しながら衰弱死してしまいます。
なんとも、切ないを通り越して生々しさに鳥肌立つようでした。
ヨノイ大尉の苛立ちはただの感情爆発。
八つ当たりのようなものに思えました。
セリアズに魅せられながら「想うとおりにならない」感情の行き先が招いてしまった結果。
ハラキリ(切腹)や生き埋めで衰弱していくシーン。
感情に任せた暴業。
残酷さ、人間の見たくない部分がむき出しのように流れ込んでくる描写力はさすが大島渚監督らしいなという感じがします。
個人的なイメージですが、大島渚監督の映画って隠しておきたいような本性を暴き出すようなグロス底力があるものが多い気がします。
戦メリからも、その片鱗がうかがえるように思いませんか?
戦場のメリークリスマスは気持ち悪い?グロいのは原作が実話だったから?
戦場のメリークリスマスは実話に基づいた原作があります!
原作者であるローレンスさんは実際に日本の捕虜としてジャワ島に収容されていたことがあります。
原作はローレンス・ヴァン・デル・ポストの短編集『影の獄にて』収録の「影さす牢格子」(1954年)と「種子と蒔く者」(1963年)に基づいている。作者自身のインドネシアのジャワ島での、日本軍俘虜収容所体験を描いたものである。
「この収容所の暮らしで最も過酷なことの一つは、半ば正気を失った、理性と人間性が半分暗闇に紛れている状態で生きている者たちが権力を握っているなかに居続けることで引き起される過度の緊張だ」と日記に書いている(中略)
引用元:Wikipedia
ローレンスさんが実際に捕虜として体験した時のことが元となり描かれているんです。
より、リアルな描写が多いのはそれゆえといえますね。
ローレンスさん自身が日記に書いていた言葉からも、収容所の暮らしは、正気を失うほどに過酷であることは想像にかたくないですよね。
それ以上に、理性をなくし人間性すら手放してしまったような人間の危うさ。
ぶつかり合いや苦しさが痛いほどに伝わってくるようです。
うわべは綺麗な建前を立てていても、半分は暗闇に飲み込まれている人が権力者として采配をふるい続ける中に居続けなければいけない悔しさや絶望。
一寸先も見えないという強い緊張感の中にいたら気狂うだろうな。
愛情あるもの、意志あるものの心からのやり取りとは違う、憂さ晴らしのような行動。
暗黙下で繰り広げられていたのかと思うと胸が痛くなるのを通り越して、まとわりついてくるような居心地悪さを覚えました。
余談ですが。
坂本隆一さんは強く戦争反対を訴えていたのを思い出します。
戦メリを演じた経験があった人だからこそ、役であってもかかわった人だったからこそ。
人が人として生きるためにも戦争をしてはいけないのだと訴えたかったのかもしれない。
ふと、そんな風に感じたのです。
戦場のメリークリスマスは気持ち悪い?キスしたのはなぜ?深い理由
戦場のメリークリスマスでキスした理由。
私は「セリアズがヨノイ大尉に後悔させたくなかったから」ではないかと思っています。
深く考えず、映画を観てて、急に男性のキスシーンがでてきたら驚きますよね。
前半では、朝鮮人軍属の「カネモト」がオランダ人捕虜の「デ・ヨン」を犯すという事件もありました。
あきらかにヨノイ大尉はセリアズに好意をもっていたし…
それゆえに、BLなのか?という不思議な違和感を感じた人もいるようです。
けれど、私は単純に恋愛感情のキスシーンではないと思っています。
要求に応じようとしないヒックスリーに対し業を煮やしたヨノイ大尉は、捕虜の全員集合を命じる。全員揃っていないと分かると病気の捕虜も並ばせるよう命じたが、これはジュネーヴ条約に違反していた。引用元:Wikipedia
「武器や銃に詳しいものを出せ」と要求しても、日本軍への情報提供を拒み続けるヒックスリー。
苛立ったヨノイ大尉は、条約違反であると知りつつ、病気の捕虜も無理やり全員並ばせるよう命じていました。
条約違反をしたあげく、無理やりな集合が原因でか重症の捕虜が一人死んでしまいました。
それでも収まらず、苛立ちピークのヨノイ大尉はヒックスリーを刀で斬ろうとします。
その時にセリアズがすっとヨノイ大尉の前に出て抱きしめ、頬にキスをしました。
これは恋愛感情などではなかったとしか思えないのです。
その理由は、セリアズの抱えていた過去の傷にあります。
セリアズが軍隊に志願したのは弟への罪悪感から目をそらしたかったから。
名門校に進学していたセリアズ。
成績も優秀で寮長も務めていました。
セリアズの弟は美しい歌声をもっていたけれど障害がありました。
セリアズは弟の障害が周囲にバレるのが怖くて、弟がいじめられているのを止めることなく黙認していました。
自分は完璧なのだから弟だって…という自分のエゴで、弟が助けを求めてきても無視したのです。
その日から、弟は心を閉ざし歌を歌わなくなったのです。
自分のエゴと助けれるものを助けなかったという罪悪感に苦しみ続けるセリアズ。
だからこそ、自分に好意を示してくれたヨノイ大尉を助けたかったのではないでしょうか?
どんな想いからであれ、ヨノイ大尉は自分に好意を向けて、自分を助けてくれた人でもあるのです。
条約違反し、すでに一人の捕虜がなくなっています。
更に、リーダー格のヒックスリーまで殺してしまったとなれば、重罪になることは一目瞭然です。
止めなければ、ヨノイ大尉の命がない。
助けられる命を助けたい。
という思いもあったと思います。
過去に自分のエゴの感情から人として大事なことを選べず、弟の信頼を失い、逃れられない罪悪感に苦しむ自分とヨノイ大尉の未来が重なって見えたのではないかと思うのです。
だから、セリアズは大事なことを見失わないで…という想いを込めて、ヨノイ大尉にキスをしたのではないかと思います。
頬にキスするのは親愛の証でもあります。
あなたが本当は冷たい怒りの人ではないと知っています。
と伝えたかったのではないでしょうか?
最後に、じりじりと弱って亡くなったセリアズの頭髪を一房きりとり、
「戦場のメリークリスマスは気持ち悪い?」感想
戦場のメリークリスマスは確かにグロいシーンも多く気持ち悪く感じる人もいるかもしれません。
人が亡くなっていくシーンや感情で誰かを傷つけていくようなシーンに見える「映像としてのグロさ」をのぞけば、私は気持ち悪いとは思いませんでした。
むしろ、人の悲しさや後悔を外にあぶりだしているように見せつつも、奥にひっそりとある、優しさや人間として無くしてはいけないもの、敵味方を越えて生まれる何かを描いているように感じます。
ヨノイ大尉が亡くなったセリアズの髪を一房切り取って持ち帰り、神社に奉納してほしいとロレンスに頼むのですが、そこにも命ををかけて自分を救おうとしてくれたセリアズへの尊敬と感謝を感じました。
墓に入れてくれではなく、神社に奉納です。
セリアズという人間への崇拝とセリアズの魂が汚れなく上へとあがれるように神様に伝えてほしかったのかなとも思うのです。
ラストシーン。
戦争が終わり処刑が決まったハラ軍曹はロレンスに会いたいと手紙を出します。
そんな状況下、危険なのを承知でロレンスはハラ軍曹に会いにやってきます。
笑顔で「メリークリスマス」と言い合う2人。
戦争というものを忘れ過ごしたクリスマスの夜。
幸せを感じ心を通わせられたようなあの夜。
そこには確かに「敵と味方ではなく人と人として過ごした時間」があったのだと。
ハラ軍曹とロレンス中佐の間に生まれた信頼感は言葉にせずとも伝わってきますよね。
戦場のメリークリスマスは捕虜としての期間の物語なので、戦火のシーンはありません。
けれど、感情のやり場やリアルな描写に目をそむけたくなるような気持ちの悪さを感じる人はいるかもしれませんね。
ただ、私にとっては
「人として後悔しない生き方」
を見せてくれた深い映画でもありました。
敵や味方を越え、人として信頼や交流ができる。
そんな当たり前のようなことを大事にできる世界であってほしい。
「当たり前」って言える世界であり続けてほしいと、改めて願うような映画でした。
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