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聲の形はいじめの美化?見た感想と「本当に」作者や映画が伝えたいこと

聲の形 いじめの美化 作者 伝えたい事 深くてやばい!
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聲の形は映画が、あまりい綺麗にまとめられていたので、

「いじめを美化している」といわれてしまったように感じます。

作者が伝えたかった事、映画の監督が描きたかったことを知ってから見てみてください。

そうすることで、また違った感想を抱くことができるかもしれません。



聲の形が「いじめの美化」と言われてしまった理由

表現や描写がかなりセンセーショナルなので、衝撃をうける映画ですよね。

しかし、実は作者の意図とは別に独り歩きしてしまった部分があったんです。

私も、作者の意図を全く知らないままだったら、

胸糞悪い、いじめを綺麗にまとめただけの物語

だと思ってしまったことでしょう。

しかし、作者の意図を知ったうえで見直すと、ガラリと感想が変化しました。

作者の大今さんの言葉で

いじめっ子を単純に悪者として描くのでは、その立場にいる人に失礼だと思いました。

という一文を見た時。

さらに、作者の淡々とした冷静な観察眼の鋭さ。

今回は、先生が救ってくれるようなものを描くのはやめておこうと思っています。大人がなにもしてくれないときこそ救いが欲しいものなので、大人が助けてくれるようには描きたくないんです。誰にも相談できないし、下手したらこのまま死ぬかもしれないって苦しい状況で、救世主のように助けてくれる人を露骨に描くのは違うかなと。引用元:opinionインタビュー

この作品の背景にあるスケールの大きさと深さを感じました。



聲の形を見た感想

聲の形という映画をみた率直な感想は見る人の視点によって2手に分かれます。

1つは「いじめをテーマにしているという視点。

もう1つは人との関わり合いを通した「成長」の物語と言う視点です。

それぞれの視点で観た時、どんな感想だったのかまとめていきます!

いじめの物語?

これは、見た人の多くが抱く感想だと思います。

私も最初はこっちの意見でした。

「いじめの現状」「おこりがちな学校の対処」をかなり的確に描写していると思います。

差別も、いじめも最初は「興味」から「気軽」に始まります。

だんだんエスカレートしていくことに本人たちは気が付かない。

見て見ぬふりは加担ではないと思っている意識の低さ。

知らなかったではすまされない。

あの時ごめん。ではすまされない。

体験したことがある人は傷をえぐってくるような物語だと思えます。

このような視点で映画をみると、全てが嘘くさく綺麗ごとの世界を描いただけに思えてしまいます。

ただ、映画がひどい!胸糞悪い!

だけで終わってしまっていたら、実はこの映画の深い部分は伝わらないんです。

 

聲の形の口コミでもあるように

いじめがおこることや命の問題を軽視することを肯定はしません。

登場人物の成長の物語という綺麗ごとで済ますつもりもありません。

もし、この映画を「いじめがテーマの物語」としてみるのであれば、

誰かひとりでも、強い味方ができた時、人は違う選択を選べる。

この映画で感じた胸糞悪さを我が身に振り返らせて違う行動をとることができる。

そう生かしてほしいと思います。



人の関わり合いという深さ

じつは、こちらが本筋です。

後述しますが、作者の意図はいじめではありませんでした。

前向きにいきるとか、贖罪の重さなどではなく、誰しもが日常で必ずぶつかっている壁。

「人に伝えることの難しさ、伝わらないことの現状」

を描いているんです。

どうあがいてでも、伝えようとする気持ち。

伝わらないことを理解しあおうとする気持ち。

どんなに伝わってほしくても伝わらない状況。

これらは、すべて日常に起こっているいる悩みや問題の原点です。

その現状を、希望も絶望も両方織り込んで素直に描いているところにすごさを感じました。

例え、どんなに伝わらなくても、伝えることを諦めたら終わり。

だけど、すれ違ったり、伝わらないもどかしさはどうしてもある。

この2つはわかっているようで、人は忘れてしまうんです。

わかってくれるはず。

伝わっているはず。

この2つや無意識さがすれ違いや衝突を生むんですよね。

とくに思春期の難しい時期を使ったことで、

「当たり前に起こりがちなワンシーン」

にまぎれてしまったのかもしれませんね。

一番伝わってほしい部分が「いじめ」にとってかわられてしまった雰囲気はあります。

読者、視聴者が受け取るにはこれもまた伝わりにくかった。

と、思わず「地」で表現してる…とも思いましたが。笑

「コミュニケーションの難しさ」テーマとして扱う。

視点をかけた時、このスケールの大きさを感じることができるのではないでしょうか?



作者が伝えたかった事

作者は「いじめ」「障害者」「因果応報」について伝えたかったわけではありません。

「人と人とが互いに気持ちを伝えることのむずかしさ」が一番大きなテーマです。

最初は、「嫌いあっている者同士の繋がり」を描こうとしていただけなんです。そのふたりの間を思い浮かべると、たまたまいじめが挟まっていた。だから描いた。いじめを「売り」にしようとしていたわけではありません。描きたかったものを描くためには、いじめという行動が、発言が、その時の気持ちが、必要だったんです。引用元:opinionインタビュー

ただ、自分が書きたかったものを演出するのに、ちょうどよかったからという驚きのコメント。

「聴覚障害がある女の子」をいじめた「男の子」で始まり、

「男の子」も「いじめられる側」になったり、そこから「贖罪」を意識したり。

高校生になりお互いの「気持ちを伝えあう」ことが描かれています。

しかし、それは単に何かに答えを見つけるための漫画ではなかったんです。

自分では答えが見つからなかったんです。純粋に意見を聞きたいな、と思ってそのまま描きました。「誰が悪い」「これが悪い」というさまざまな意見をみんながネットで書いてくれるんで、それを見られるのが嬉しかった。引用元:ACC/作者:大今良時インタビュー

編集長さんとも色々相談されたんだそうです。

その中で、答えをだすような漫画ではなく、自分では見つけられなかった答えを集めたい。

そこに焦点がおかれてストーリーが組み立っていったんですね。

作者が伝えたかったことは、いじめや学校の在り方といった、断片的な物ではないと思うのです。

日常に起こりうる状況や、見渡せば自分の周りにも見つかるような登場キャラを使って

「気持ちを伝えることの難しさ」を客観的視点で表現することによって。

「人同士に生まれる問題」への疑問の答えをみつける手がかりにしたかったのではないか?

自分なりの答えを導き出すためのヒントにしたかったのではないか?

そう、思うのです。



映画が伝えたい事

映画だけを見た時と漫画を読んでいる人との感想には少し差があります。

というのも、映画は原作をかなり端折っています。

それは、全部入れたら時間の尺が足りないということもあるのだと思いますが、

原作者と監督では描きたいものが違っているという点が一番大きいんです。

「いじめや障害を描いている作品ではあるんですが、実際にこの作品に触れてみると、そのことだけがすべてではなくて、もっとその根っこにある、相手を知りたい思いとか、わからないものに対して手を伸ばしてみるような、すごく不器用だけれども人を知ろうとする、つながろうとする心が大切に描かれている作品だなと思いました。それで、とてもやってみたい題材だなと感じました。引用元:文部科学省/映画『聲の形』山田監督のコメント

「将也と硝子」の物語にしぼったことで、将也や硝子の不器用さ。

その不器用さを少しづつ埋めていく過程を描きたかったのだと感じます。

監督は、いじめを題材にしたハードな作品にしたくなかったと語っています。

撮り方によってはいじめにフィーチャーしたハードな作品にできるかもしれないけど、そうしたくないというか。今回は精神的な作用がある作品だと思うので、色とか音とかで不快な精神作用を起こすものをなるべく排除しています。二時間のあいだじゅう、きれいで美しい――それを大事にしているかなと。引用元:クイック・ジャパン

できるだけ、色や音に工夫して、不快さを引き起こすものをなるべく取り除くよう心掛けています。

120分という映画で、きれいで美しさを感じられる。

その点も大事にされていました。

漫画では全7巻と言う長さ。

登場人物がそれぞれに、苦悩を味わい成長していきます。

全てを入れ込んだら、何を伝え、誰の成長なのかがわかりにくくもなります。

なにより、もっと強烈な別のメッセージ性が強く出てしまう。

あえて、映画は映画。原作は原作。

そうすることで、根っこは同じだけれど、表現を変え柔らかく美しい部分を描き出した。

私には、或る意味、チャレンジ的な作品にも思えました。

それは、私自身も、どこかに救いの要素があってほしいと願っているからです。

いじめの問題と捉えてしまうと、そもそも論になるので、あえて、その視点を外して言います。

いじめに限らず、間違いを起こさない人はいません。

だからこそ、どこかで、やり直して修正できる道。

そして、明るく前を向いて歩いて行けるという未来。

綺麗ごとかもしれないけれど、それらもまた、残されていてほしいと願うのです。

 

聲の形は、監督自身、作者自身がそれぞれの視点でとらえた、伝えたい事を描いています。

どちらが良いとか間違っているとかではなく、どの視点で見ても熱量の高い作品だと思いました。

だからこそ、こんなにたくさんの反響や評価が生まれているんじゃないかと思うのです。



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