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【千と千尋の神隠し】千尋の生理が都市伝説に?怖いよりも深い!

千と千尋の神隠し 千尋 生理 都市伝説 真相解明/考察
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千と千尋の神隠しの都市伝説で「千尋の生理」というキーワードが潜んでいることを知っていますか?

ちょっと、ドキッとしますよね。

「えっ、あんなにピュアな物語にそんな生々しい話があるの?」

「ただの都市伝説じゃない?」

そう思う方も多いかもしれません。

この都市伝説には、少し怖いけれど、深くとても重要な意味がありました。

千尋の生理にまつわる、違和感ともいえるシーンに隠された比喩表現を通して、「宮崎駿監督が込めた真意」を考察していきます。



千と千尋の神隠し|千尋の生理は都市伝説?突然の腹痛と拒絶の理由

千尋の腹痛は生理痛なのか?と思わせたシーンは映画の序盤。

両親が豚になってしまった後、パニックに陥った千尋をハクが助けるシーンです。

ハクが差し出した「こちらの世界の食べ物」を拒む千尋が描かれています。

千尋は激しい虚脱感と、うずくまるような腹痛に襲われていました。

最初はただ、強いストレスで起こった身体の反応なのかな?

と思ったのですが、だんだん「これ伏線なのでは?」という見解が浮上したのです。

10歳という年齢は、早い子であれば生理を迎えてもおかしくない時期です。

そして、生理というのは子供から大人へと変わる体の変化でもあります。

お父さんの車の中から元気なくだるそうにしてた千尋。

友達との別れも寂しかったのでしょうけど、体のダルさは生理の前触れかと思えなくもありませんよね。

そして、ふてくされて駄々をこねるような様子が、ともて子供っぽかったですよね。

そこから、急激すぎる状況変化の連続。

慣れない環境、親の不在、そして「働かなければ消されてしまう」という極限の恐怖。

そりゃ、お腹痛くもなるわ…。

と思ってしまいました。

「お腹が痛い」と泣く千尋に、ハクがまじないをかけたおにぎりを食べさせます。

最初、千尋は食べられないと断ります。

それは、この現状を受け入れたくない。

という拒絶と重なりました。

しかし、その後、ハクに言葉をかけられているうちに、千尋はボロボロと大粒の涙を流しながら食べだします。

その姿を見たとき、私は、千尋は単に空腹を満たす表現で食べたのではない。

不安で泣いたのではないと思えたんです。

「自分の身体や心に起きている変化」の戸惑いを表現したシーンです。

千尋が抱えていた、何がなんだかわからないまま、幼い自分が一人で戦わなければ両親も自分の世界も取り戻せないという不安。

その戸惑いと絶望の中、ハクの優しさ(と、まじない)に触れ、本能的にとにかく生きることを選んだのではないでしょうか?。

「泣いていてもどうにもならない」と受け入れた千尋は、この世界で生きていく覚悟を決めたように感じました。

そして、お腹が痛い…という物理的な症状を比喩として、生きるための、もっと言うなら名前と両親を取り戻すために戦うという成長を表現したのだと思います。




千と千尋の神隠し|千尋の生理は都市伝説?湯屋(油屋)と「赤」の象徴

次に、千尋の生理から連想される色彩「赤」と奉公先となる「油屋」が象徴される伏線を読み解いてみましょう。

赤に込められた意味

アニメーションで描かれている背景で印象的な、赤い壁、赤い橋、赤い衣装。

物語全体を支配するくらいといっても過言でないくらい赤系の色彩が使われているように感じます。

「赤」という色は、生命力であると同時に、「血」や「強さ」、「成熟」を連想させます。

また、オクサレ様(実は名のある川の主)を接客するシーン。

泥にまみれ、強烈な臭いを発する客を、千尋が必死に洗い流す。

あの「洗浄」の儀式は、少女が逃げられない状態。

「汚れ(=大人の世界の現実)」に直面し、それを乗り越えて浄化していく過程を象徴しています。

「自分を汚れ役なんて嫌だ」と思いながらも、泥臭い現実に立ち向かわなければならない時をイメージしてみてください。

あの時の千尋の奮闘は、時代に関わらず、生きようとする私たちが嫌でも向き合わざるを得ない葛藤そのものの姿だと思えてきませんか?




油屋(湯屋)に表現されるもの

宮崎駿監督が、「江戸時代の湯屋(銭湯)」は、かつての日本にあった性的なサービスを伴う場所でもあったことを示唆する発言をしています。

「今の世界を象徴するのは、風俗産業だと思う」

という趣旨のコメントは、大人から子供まで幅広い人気を誇るジブリの映画で!?

と、ファンを驚かせましたよね。

千尋が働く「油屋」は、かつて、少女が家のためや生活のために、本人の意思と関係なく、放り込まれた「大人の女性として扱われる場所」です。

総元締めみたいな湯婆婆は、徹底的に「汚い」ものを排除しようとします。

この2つからは一見、矛盾を感じるのですが、その奥に込められている葛藤を読み取ることができます。

人から搾取して尚、自分だけはきれいでありたいと思う、自己中心的な考えは「汚れ」ともとれます。

本人の意思とは無関係に、生きるために望まぬ泥をかぶるという行為は、人間の根源にある生きることを最優先した強さであり「美しさ」を匂わせているとも思うのです。

私が、「赤」と「油屋(湯屋)」を絡めた表現から感じたことは、外に出ているものと内に秘められているものの対比と象徴だったのです。



千と千尋の神隠し|千尋の生理は都市伝説?千尋の精神的成長の証。

映画の後半、千尋は劇的に頼もしくなります。

最初は階段を降りるのも怖がっていた少女が、線路の上を堂々と歩き、銭婆に会いに行く。

この変化の裏にあるのは、単なる「慣れ」ではありません。

「自分の名前を忘れず、自分の身体を自分でコントロールできるようになった」

という自覚です。

「生理」という現象は、自然下においてコントロールできるものではありません。

「自分の意志とは無関係に身体が変化する」という、女性にとっては、ある種、コントロール不可能であることを突き付ける、現実要素なのです。

しかし、それを経験し、受け入れ、適応することで、人は「自分の身体の主(あるじ)」になります。

この成長の過程が、前半後半で見られる千尋の成長に重なるのです。

「逃げ出したいほどの不安を乗り越えた、静かな自信」を感じました。

そして、千尋がハクの本当の名前を思い出し、ハクを解放するシーン。

もう誰かに守られるだけの「子供」ではない。

自分以外の誰かを救うことができる「一人の女性(人間)」になった証。

そんな風に思えて、じんわり感動したのです。




千と千尋の神隠し|千尋の生理は都市伝説?怖さと成長の伏線

もし私たちが、ある日突然、異世界の温泉宿で

「明日からここで働け。名前は『一(いち)』だ!」

と言われたらどうしますか?

現実的に考えて想像したら、そんな異世界転生、怖すぎる。

「いやいや、有給消化してからでいいですか?」

なんて言える雰囲気も余裕も、とてもじゃないけどありませんよね。

しかし、異世界転生でなくとも、千尋が経験したことは、私たちが実は体験していることの比喩とも言えそうです。

・自分の名前を奪われる(=個性を消される)、

・理不尽な上司(湯婆婆)に怒鳴られる、

・得体の知れない客(カオナシ)の対応に追われる。

これ、現代の社会人にみられる日常の一コマとあまり変わりません(笑)。

そんな過酷な環境の中で、千尋は「お腹が痛い」と言って泣いていた自分を卒業しました。

「千尋 生理」というキーワードから浮かび上がるのは、ただの戸惑いや血を連想する怖さではありません。

「身体的な苦痛や変化を伴いながらも、どうすれば強くしなやかに生きていけるのか」

という成長につながるメタファーやヒントなのかもしれません。



千と千尋の神隠し|千尋の生理は都市伝説?髪留めに込められた意味

物語のラスト、千尋の髪には、銭婆からもらった「みんなで紡いだ髪留め」が光っていました。

ようやく、千尋は元の世界に戻ります。

結局、千尋に生理が来たのかどうか、公式な答えはありません。

しかし、あの湯屋での経験を経て、彼女の瞳からは「甘え」が消え、凛とした強さが宿りましたよね。

私は、あの「みんなで紡いだ髪留め」の赤さは「自信という強さ」だと感じました。

千尋が成長する過程で、自力で勝ち取った仲間との関係性。

その繋がりによって生まれた、自信の現れです。

千と千尋の神隠しでは、都市伝説といえる状況下をつかって、身体だけではなく、心も大人へと変化する過程、コントロール不可能な状態がどれだけ人を大きく成長させるのかを描き切っています。

しかし、私には、ただ成長で終わったようにはみえません。

生きることをあきらめたくないという欲求を「人間の根源にある強く美しい真実」として描いているように感じるのです。

どれだけ、ブルーな日に悩まされるようになったとしても、

「自分の本当の名前(アイデンティティ)」さえ忘れなければ、どんな世界でも生きていける。

宮崎監督は、そんなエールを千尋を通じて、視聴する私たちに送りたかったのではないでしょうか。

『千と千尋の神隠し』を観る時は

ぜひ千尋の「表情の変化」に

注目してみてください。

最初はあんなに頼りなかった鼻のラインや眉の動きが、最後には驚くほど力強く、美しくなっていることを感じられるはず!

千尋は「痛み」を知り、それを「誇り」に変えました。

それこそが、宮崎駿監督が私たちに見せてくれた、

現代の人間に、一番求め続けてほしいものであり、持ち続けてほしいもの。

なのではないかと感じるのです。



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